花子という日本人

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「考える人」などの彫刻で有名な
オーギュスト・ロダンが唯一、
日本人でモデルにした女性が
「花子」こと太田ひさという女性です。


アメリカにホームステイ中に行った博物館Maryhill Museum
ここにはロダンの彫刻が展示されていて、
そこに太田ひさについての展示もありました。

太田ひさは明治元年(1868)
尾張国中島郡上祖父江村に生まれ、
10歳で旅芸人一座に入り、
その後、名古屋で芸者となり、
34才で単身ヨーロッパへ渡ります。

1906年、マルセイユで花子の舞台を見て
彼女の演技に感動を覚えた彫刻家のロダンは、
ぜひともモデルにと懇請。
身長140cmに満たない花子を「プチト アナコ」と呼び可愛がり、
肖像彫刻を50数点も残しています。

1921年、53歳で帰国。
日本に帰ってきた花子は、
妹が暮らしていた岐阜に身を寄せ、
晩年24年を静かに過ごしたそうです。
近所の人たちから「イギリスばあちゃん」、「英国のばっさま」などと呼ばれ
大変親しまれていたとか。
昭和20年、その生涯を閉じました。

帰国前の20年間、
彼女は欧米18ヵ国で20年に渡り巡業したそうです。
ロシアへも公演旅行で二度も来訪。
スタニスラフスキーやチェホフ夫人とも親しくなっています。

私は太田ひさという女性のことは
これまでまったく知りませんでた。
日本ではなく、アメリカの博物館で
かつて国際的に活躍した日本女性の存在を
教えてもらいました。

↓花子さんの画像や
ロダンによる「花子 死の顔」が見られます。
「静岡県立美術館ホームページロダンと日本」
ぎふ「ロダン&花子」の会「ロダンと花子」

Comments

No Responses to “花子という日本人”

  1. 縞 on 8月 26th, 2007 8:48 AM

    むぎさん、おかえりなさい!
    ワシントン便り、楽しく拝見していました。

    太田ひささん、こんな女性がいらしたんですね。
    コペンハーゲンでの踊り子募集を知ってひとりで渡欧したなんて。
    34才のときですか。明治の女性はすてきです。
    ロダンが魅了された人となりや演技、ダンスを知りたくなります。
    「花子」ブランドの巻きたばこやワインも発売されたとか。
    ブレイクぶりがうかがえてうれしいです。

  2. むぎ on 8月 27th, 2007 6:36 AM

    縞さん☆

    お久しぶりです♪
    太田ひささん、素敵な方ですね。
    こういうパイオニア精神のある女性って
    惹かれますね〜

    ところで、近いうちにランチでもご一緒したいです。
    ちょっと気になっているお店があるんです・・・

  3. 縞 on 8月 27th, 2007 8:19 PM

    むぎさん、こんばんは!
    ランチ、ぜひご一緒したいです。
    パソコンがダメになって、メアドが変わっています。
    むぎさんにもお知らせを送ったのですが、
    古いアドレスに送ってしまったようで、
    きっと届いていないかと思います。すみません。
    後ほどメールさせていただきますので、
    よろしくお願いします。

  4. むぎ on 8月 28th, 2007 5:05 AM

    縞さん☆

    メール、ありがとうございました。
    では、近いうちにぜひ、ランチしましょう。